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新聞記事を楽しむ26

~ 「熊本震災1年」の記事から気づく ~

4月22日、県バドミントン協会の会議後に、数人のバドミントン仲間に「熊本地震大変だったですね」と小声で尋ねると、「瞬間、もうこれで終わったと思った」「家族を確かめ、外に飛び出し車で避難した。みんなの優しい言葉に感激した」「あの14日の地震の体験が、少しの振れで心を揺らすが、多くの絆で支えられている」と返ってきた。また、「半壊した自宅に住めないことはないので、家族でコツコツと修理しながら生活している」と被害の現況も話してくれた。

自らの呑気さを反省し、4月15日の熊日新聞1面、【熊本地震1年、鎮魂の祈り復興誓う】を読み返した。すると「蒲島郁夫知事が『熊本は全国から寄せられた支援の輪に支えられ、復興に向けて着実に歩み進めている。創造的復興。震災前よりもより良い県をつくる』また、遺族を代表し富永眞由美さんが『悲しみを乗り越え、つらさを心の糧として立ち上がる人が増え、熊本が笑顔と活気にあふれるふるさとに再建されていくことを願う』」と述べられていた。こんなに強烈な辛い経験から復興する意欲や希望への思いはどこから生まれてくるのか考えてみた。こうでもない、ああでもないと自問自答していると、ある高校生の作文の中に「『ひとは何のために生きるのか』と、いろいろ人に聞いてみたけど、誰も答えてくれなかった。でも、あるお坊さんが、『まず自分が楽しくなりなさい。それから皆にも楽しみを与えることだ。それ以外には何もないよ』と教えてくれた。だからこれからは、自分が楽しく生きよう。まわりにも楽しみを与えてやるぞと思った」と書いてあったことを思い出した。そうか、被災された方々が周りの人との関係や自らへの問いから、辛さを和らげる生き方、生きる意味を理解されていることに気づいた。

呑気な私は、被災された方々の気持ちの綴りを読み、考え、「生きる」を学ぶ努力をしていないことを反省した。さあ記事を深く読もう。

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