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新聞記事を楽しむ54

~三人にお会いしたい気持ち~

きょうは13日、十五夜。朝から縁側に、すすき、彼岸花を生け、さと芋、から芋、柿、栗を枡に入れ、小皿に月見だんごを乗せ、お盆に盛り付けてお供えした。そして、庭に咲く白い彼岸花をゆっくり眺めていると、今読み続けている「巨眼の男、西郷隆盛」のこともあってか、奄美大島で命あふれる絵を描き続けた画家が思い浮かんだ。

それは「奄美大島にあったハンセン病のひとが入院する病院に、むりやり入院させられた少女が、入院した日、お母さんは『いつもおまえのことを思っている』と一枚の写真を渡した。少女はポケットにその写真を入れ、いつも身体から離さなかった。寂しくなるたびに少女は、写真を取り出し話しかけていた。そして、『ほら、もうお母さんの顔が、よくわからなくなった』と、少女は古くなり、黄ばみ、手あかで汚れた写真を画家に見せた。画家は『ぼくにこの写真を、貸してくれない』と笑い、いいことを思いついた。画家はこの写真をみながら、お母さんの絵を描いた。少女は病院の玄関に立って画家が来るのを待ち続けた。数日後、画家は少女が高い熱で眠り続けた横で、『ほら、約束どおりできたよ』と少女の目の前にかざした。少女は、ベッドの横に立っている画家に『ありがとう』といった。奄美大島で紬の泥染めの仕事や大工仕事をしながら、ひたすら自分の描きたい絵を描きつづけた画家、【アダンの画帖】の田中一村。

また、奄美大島の龍郷村で西郷隆盛と暮らした妻、一家3人のなごやかな明け暮れをよろこびつつ、吉之助(隆盛)がいつか鹿児島に呼び戻される日がくるのを、覚悟していた。彼女は毎朝、吉之助の髪をくしけずり、髷をととのえてやる。そのとき抜ける頭髪を集め置き、その毛玉は吉之助の形見として残していた愛加那。お母さんに、少女に、家族に愛を届け続けたつつましい三人に、お会したい気持ちがこみ上げてきた。しばらくして、「十五夜の朝刊」を手にして読んだ。

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