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新聞記事を楽しむ19

~記事、相良三十三観音、二人の笑顔から~

今年は二人の生徒が「先生、今年は家族で三十三観音みんな廻ってきました」「先生、25日は宮原観音さんのお茶立ての手伝いをしました」と笑顔で話しかけてくれた。「そうだったの。それは良かったね」と嬉しい会話ができた。二人の笑顔から、渋谷敦さんが【相良三十三観音読本】の中に書かれている《相良三十三観音像とは、草深い山道、朽ちかけた観音堂、せせらぎの、小鳥の、雲の、木立のただ中を、せめて今日一日、人の悪口を言わず、人と争わず、観音のみ手に憧れて、ひたすら歩き続けることができれば、それでいいのだ》との思いを、感じ取ったような気がした。私もこの季節は『感じる旅』と称し三十三観音は廻るようにしている。

廻り終えて新聞をめくると、【9月25日熊日読書面】に著書「魂の道行きー石牟礼道子から始まる新しい近代」に関して跡上史郎さんは、『皆が、善意と知恵を求めるという当たり前の営為が、技術の発達した近代社会の中でおよそ想像を絶する悲劇を生み出す。このような事例は近代性というよりも、実は、個として思考することが確立されていない前近代性の負の側面ではないだろうか。このような状況においてこそ、一人で考え闘うしかないと思い定める魂の尊い意義がある』と評している。また、【10月2日熊日読書面】に著書「自己を磨き 人を育てるー師の存在が人生を豊かにする」を、加来耕三さんが『人生いかに生きるべきかの、原理・原則を教えてもらえる師は、求めたからといって、必ずしも得られるものではない。まさに、『邂逅』(思いがけなく出会う)である。師と『邂逅』するには、条件があった。日々、必死になって人生を問いかける、という姿勢がこちらになければ思いがけない出会い、魂の師にはめぐり会うことはできないようだ。一読すればわかる』と評している。この記事や三十三観音、二人の笑顔から、自らを磨く姿勢を学んだ。ありがとう。



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