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新聞記事を楽しむ56

~ツワブキを眺め 自答してみた~

10月31日、首里城が火災に遭った朝、沖縄の友人に電話すると「また無残な姿になってしまいました。無念です」と悲痛な思いが伝わってきた。どうすることもできないもどかしさと深い悲しみを感じた。その時、ネット上には「私のたばこが原因で首里城に火災が発生しました」とふざけた動画の投稿があり、この行動と、これを自由にネットに発信を許可する企業の姿勢に怒りを覚えた。
その日から、災害が多発する要因は何か。今、生きている我々は誠実なのか。公平なのか。過去の人々の努力と未来への人への橋渡しを考えて行動しているのか。私の時代だけを考えてはいやしないのか。と自問しながら9日が過ぎた。その日の朝、庭に咲く黄色いツワブキの花を眺めながら、二つのことを思い浮かべ自答してみた。

一つは、球磨の山々を歩く途中「森は人間が利用するためにあるというのは事実だ。だが森には商業的な利用だけでなく、美的な利用もある。一部の人が物質的に利用するためだけではなく、みんなの心を磨く精神的な財産の利用があるのではないか」と感じた。二つは、11月8日の新聞、放浪詩人の高木護さんを悼む記事に「ある寒い夜、木の葉をかけて寝ていると、突然猪が近づいてきた。襲われると思い動かないでいた。猪は鼻を鳴らして嗅いでいたが、やがて立ち止まって、後ろ足で落ち葉を何度も体に掛けてくれた。猪が自分を仲間だと思い、寒いから葉をかけてくれたのだ。そのとき涙が流れ仕方なかった」と逸話が語られていた。

この2つから、「私たちは、ご飯と同じように美も必要としている。疲れたときに癒され、元気をもらえる自然に満ちた場所と、自然の仲間たちを大切にする思い、つまり自然を意識した生活が必要では」と自答した。また、高木護さんは「自然にいるとわかりますが、人間が生き物で一番横着で堕落しています。自分が偉いと信じていますが、思い違いもいいところです」と述べていた。

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