熊日多良木・湯前販売センター(有)小出忠新聞店

国指定重要文化財「生善院観音」

猫寺伝説
生善院(通称 猫寺)

天正十年(1582)相良藩への謀むほん反を企くわだてているという嘘の訴えにより、湯ゆやまさどのかみむねまさ山佐渡守宗昌とその弟で普ふもんじ門寺の盛せいよほういん誉法印が殺されることになった。その話を聞いた宗昌は日向へ逃げたが、寺に残った法印は殺され、寺も焼かれてしまう。

無実でありながらわが子を殺された法印の母、玖くげつぜんにょ月善女は愛あいびょうたまたれ猫玉垂を連れて市房神社に参さんろう籠し、自分の指をかみ切ってその血を神像に塗り付け、玉垂にもなめさせて、末代までも怨おんりょう霊になって相良藩にたたるように言いふくめ、茂もま間が崎さきというところに身を投げて死んでしまう。すると相良藩では、猫の怨霊が美女や夜やしゃ叉に化けて藩主の枕まくらもと許に立つなど、奇ききかいかい々怪々なことが次々に起きた。

藩では霊を鎮めるために普門寺跡に千せんこうざん光山生善院と名づけて寺を建立。現在の本堂も観音堂も、その時に建てられたものです。法印の命日である3月16日に、藩民に市房神社と生善院に参詣するように命じ、藩主自身もそうしだしたので、怨霊のたたりは鎮まったと伝えられています。

猫寺騒動の後、普門寺は湯前に移されたが、怨霊の祟りがおさまらないために、消失した普門寺跡に「生善院」を建立。本尊の千手観音は、相良藩を恨んで亡くなった玖くげつぜんにょ月善女の影仏として京都の仏師によって彫られました。

チビとカラス

10月の初め、8月の台風で横に倒れた樹齢100年の柿木に「カア」とカラスが止まり、熟れはじめた柿に狙いをさだめている下から、我が家の一番末の猫、チビが威嚇しながら「ニャオ」と声を発した。「食べていい」、「うちのだから駄目」とでも言い合っているようだった。のどかな秋日和を感じた。

10月4日の熊日新聞「“ くまにち論壇” 農村守る共同行動は文化資産」の記事で、「春先に行われる農業用水路の泥上げなど、従来型の協同作業が無条件で合理的とはいえない状況が生まれている。村外出身の若者が農業に取り組むケースや、年齢差など集落の決まりごととして理屈抜きで動員するスタイルに疑問符がつく事態を考えられる。決まりごとの共同行動から、納得ずくで参加する共同行動への転換の期待がかかる。それが風通しの良いコミュニティーにつながり、外部からの人材導入にも結びつく」と紹介されていた。読書から既読へ変わり、浅い会話が増え、楽しく話し合える会話の大切さを感じていた時の記事で、心に響いた。

10月2日・3日と木綿葉フェスタが開かれ、ステージ演出を担当された、多良木町の松下産業社長が「今、私にある技術と機器で、後輩のみんなに最高の音響、照明でステージ発表、舞花さんのライブを聴いて欲しい。また、機器の設置や配線、照明機材など見せて感じさせる工夫をしている。最近は、イベント会場で音量が大きい、小さいと申出があり、音や照明との会話を持って欲しいと思う事がある」。と話された。音や照明との会話が心に沁みた。

カラスとチビに学ばなくては。

暖談なぁ~8

今年も残り少なくなりました。

来月と2回に分けて球磨のニュースをいろはかるたで振り返ります。まだすばらしい話題が出る可能性もありますが、とりあえず今月上旬までの記事から。

い=犬とのふれあい勉強、ろ=6月の雨平年の2倍、は=ハンバーグをシシ肉で、に=認知症の対応訓練、ほ=ほうろくきゅう祈祷、へ=ヘリの座席に座ったよ、と=登校班で新聞作り

ち=「超凡破格の教育者」の碑、り=リサイクルセンターご難、ぬ=ヌードルもどうぞ、る=ルネサスの結論は来夏、を=温泉施設でレジオネラ

わ=ワイナイナさんと走ったよ、か=漢方内科の外来診療、よ=よみがえれ遠山桜、た=竹とんぼ牛乳パックで、れ=レッツプレー球磨拳、そ=卒業証書は手づくりの和紙

つ=通年議会制を導入、ね=願いもむなしく廃校決定、な=南幌町で野球交流、ら=ランチはイチゴづくし、む=「胸いっぱい」と福島からお礼状(X)

球磨んタイムズ第16号

湯前中陸上部エース高校でリベンジ 森川勝己くん(15)

「伝統の襷を後輩に託す」

平成27年10月に行われた球磨人吉中体連駅伝競走大会で、人吉二中と並んで優勝候補として期待された湯前中陸上部男子。怪我の影響で出場できず、悔しい思いでレースを見守った一人の選手がいた。夏季中体連・郡市陸上3000M優勝など輝かしい戦歴を持ち、湯前中のエースとしてチームを牽引してきた森川勝己君だ。

「メンバーのみんなは良く頑張ってくれた。自分が走れていれば・・・」健闘も3位で県大会出場を逃した。

小学3年生から陸上を始め、近年陸上部の名門として知られる湯前中に入学。社会人や高校で有望選手として活躍する先輩達を見て「自分もあんな選手になりたい」と中学で本格的に長距離走に取り組む。スラリと伸びた身長と、持前の運動能力の高さに負けず嫌いの性格もあり、めきめきと頭角を現す。3000Mが専門で、9分台前半で走る。「将来性があり潜在能力が高い」「これからもっとタイムも伸びるのでは」と関係者は話す。レースでは先頭集団の後ろにわざと距離をとり後半に勝負をかけるレースプランが得意で、相手との駆け引きを楽しむといったスタイルが持ち味。「ただ走るより色々考えて走るほうが楽しいから」と森川くん。一転、普段の練習では先頭にたちチームメイトを引っ張り、ペースメーカー的役割を務めるなどリーダーシップを発揮する。「駅伝は一人では戦えないので」「みんながひとつの方向を目指さないとチーム力も上がらない」と語る。

中学生最後の大会を見守ることしかできなかった自分に「湯前中伝統の襷をつなげなかったのが悔しいし歴代の先輩達に申し訳ない」とチームリーダーとしての責任を重く感じたという。一時は中学で陸上を辞めようと考えた時期もあったというが、「高校でリベンジしたいと言う気持ちに一層火が付きました」「体調管理やコンディション作りをもう一度見直し、頑張りたい」と話した。湯前中伝統の『えんじ色の襷』を後輩達に託し、高い希望とリベンジを胸に高校での飛躍を誓った。

アブダクション

みなさん、こんにちは!!
疲れないカラダづくりのアドバイザー「パーソナルトレーナーの村山直」です。

パーソナルトレーニングではあなたの目的や目標に合わせたプログラムでトレーニンをすすめることができます。日常生活を笑顔で楽しく過ごせるよう全力でサポートさせていただきます。

それでは、引き続き股関節と腰部の安定性を目的としたエクササイズをご紹介します。

【アブダクション】

村山さん① 村山さん②

おしり(股関節)外側の筋肉
①右側を下に横向きに寝て、右脚を少し曲げカラダを安定させます。
②左脚をまっすぐ伸ばしてカラダのラインより後ろ側に高く上げていき、床すれすれまで下ろしていきます。
③20回繰り返したら反対側も同様に繰り返します。

*ワンポイント*

上げる脚のつま先を上に向けず、常に正面を向かせておきます。上げる脚側の骨盤が動かないように上側の手で止めておきます。上げて3秒キープすればよりよく効いてきます。少しでも皆さまのお役に立てれば幸いです。

村いちばん

(写真上:左から)
地鶏の炭火焼  900 円
牛肉のステーキ 880 円
(写真下:左から)
揚げ豚足    350 円
からしれんこんスティック 560 円

忘年会・新年会のご予約承ります!!
3500 円〜( 飲み放題(2 時間)+料理+鍋)

他、ご予算に応じます。お電話下さい。

球磨んタイムズ第15号

新聞記事を楽しむ7

9月の中旬、久米島のノニジュースを土産に熊本市内から友人が来校してきた。現在、10年後の久米島プロジェクトに取り組んでいる。桃太郎のお供の雉のように、先を読み提案する役割に専念しているが、会が停滞しているので何かヒントを捜しに遊びに来たとのことだった。

2日間、自転車で中・上球磨の24札所を回り、煮しめ、おはぎ、山菜おこわ、大豆、みそ漬けなど地域のおもてなしを味わい、祈って、自分と向き合う静かな時間を過ごすことができた“相良三十三観音めぐり”の話をした。お母さんと会い、地域の共同行動が「決まり事だから」から「風通しの良いコミュニケーション、納得」へ変換をする時代を迎えたと感じた出来事も話してみた。

また、参考までに、二年生のコラム学習に活用した、【デスク日記】-「初年兵哀歌」の問い掛けの-いつも「大げさなのは嫌いなんです」。「軍隊でいちばん耐えられなかったのは、機械の歯車になれと要求されることでした」。兵士として全体主義の成れの果てを見た版画家・彫刻家浜田知明さんは、戦後も人と群れることなく、作品で自らの思いを語ってきた。

自分の目で見て、感じ、考え、意思表示する。それは「人間」として生きるということでもある」。記事を紹介した。決まり事から、話し合いで意見をまとめ合う決定が必要なのか。さまざまな考え、立場があり対立では先に進まないのか。「雉は記事を多く読む努力が必要であるか」と友人、大学の先生は大笑いした。

新聞記事を楽しむ6

8月20日の昼、広げた新聞の上でごろんと寝そべっている一才の猫“ちび”と早朝から始
めた新聞まとめ読みが終わった。穏やかな時間だった。15日間の記事を読み、あらためて戦後70年の今、平和の尊さを覚えた。

8月6日、作家・阿川弘之さんの作家活動について、「阿川弘之さんの作家人生の原点に、20代で体験した戦争があった。その背景には、『自分は不思議に生き永らえて帰ってきたという負い目』とともに『なんであんな戦争をしたのか』という『敗戦の悲愁と悔恨』があった。また、戦争で散った若い命を悼む気持ちを最後まで持ち続ける、『侵略戦争』という言葉はそれを『無駄死に』扱いするものとして嫌った。」と紹介されていた。

8月14日には版画家・彫刻家、浜田知明さんが熊日新聞「戦後70年を考える」に寄せた随筆に、「自分が戦死したとしても、その魂が靖国に行くなどと考えたことはなかった。死者の魂が棲むのは、彼らが愛した肉親や親しかった人たちの心の中であり、その人たちが死者を想うとき、そのときだけ彼らは蘇る」。僕は『精神がなってない』と、上官に殴られ通しだった。でもそんなことは我慢できた。しかし、自分の考えを持つことを許されないのが耐えられなかった。国家があって国民があるんじゃなくて、国民があって初めて国家はある。」と記されていた。

9月4日、【デスク日記】で戦争体験者の一人が、「ある日突然、始まるわけじゃない。大きな流れに乗ってしまう前に気配を察知し、『これは変だ』と思ってもらいたい。そのために自分は体験を語っている」と紹介されていた。

まとめ読みで“平和、戦争、国民、国家、変だ”と感じようとしない自らのひらきぱなしの感情を自覚した。さっそく、ちびと新聞をそのままに、本棚から校歌の歌詞を取り出し〽回らす山の広けき平野・・・平和平和人生の幸福やがて 茲に生れん〽を読みながら、本校の校訓“平和”をもう一度深く見つめ直した。


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