熊日多良木・湯前販売センター(有)小出忠新聞店

幸野溝

幸野溝旧堰普請記念碑(湯前町指定文化財)

江戸時代の初め、全国的な新田開発のため、用水路工事が盛んに行われ、球磨郡では百太郎溝工事が進んでいました。そして湯前村と久米村周辺の荒地を開田する目的で計画されたのが幸野溝です。22代藩主、相良頼喬公の命により高橋政重が中心となって、元禄九年(1696)に開削が始まりました。水路を掘る工事は1・2年でほぼ完成しましたが、堰の工事は難航し、大洪水で2度も流されてしまいました。工事費用も無くなり、政重は11面観音像を背負い村々を歩いて、資金集めを始めました。工事は再開し宝永二年(1705)に完成しました。工事開始から10年目のことでした。堰があった土地の名前をとって「幸野溝」と名付けられました。

旧貫入口

「石造弘法大師座像」水上村湯山覚井

相良新四国八十八ヶ所霊場第25番札所。
覚井公民館分館の場所が元大師堂跡であり、仏像は公民館分館に祀られていましたが、昭和56年12月に、公民館から慈眼院の阿弥陀堂に移されています。

お堂

阿弥陀堂

多良木町指定文化財「慈願寺の庚申塔」

慈願寺

総高246㎝、安山岩の基壇・笠石・蓮台・角柱・笠・宝珠の六重構造になっており、「キャ、カ、ラ、バ、ア」の梵字が刻み込んであります。笠石の右側面に「奉造立庚申供養所」と彫られていて、左側面に〇〇〇二年庚虎、裏側には欠損〇〇祥月施主敬白彫られています。江戸時代のものと思われます。

八日薬師堂厨子 並び 木造薬師如来立像及び脇侍(多良木町指定工芸・彫刻)

八日薬師堂厨子 厨子

薬師堂内の須弥壇の上に正面82㎝、側面57㎝、軒までの高さ118㎝、切妻造の古建築を模した厨子が置かれ、中に薬師如来立像(室町時代)を中心に日光・月光菩薩(室町時代)が安置されています。本尊の薬師如来立像は、茅の一木造で、総高68.5㎝、像高54.0㎝、台座高14.5㎝、両脇侍は一木造で、像高はともに33.0㎝です。旧暦6月8日に薬師講を行っていたところから「八日」と言う集落名になったと言われています。この薬師堂は寛正七年(1446年)火災により再建されたもので、その以前から薬師堂はあったものと思われます。

鰐口は室町時代の物で、径18.4㎝、厚み6.5㎝の鋳銅製の物です。

木造薬師如来立像及び脇侍
木造薬師如来立像及び脇侍

 

鰐口 鰐口

 

龍泉寺奥の院「古屋敷不動尊(泉不動尊)」

新相良八十八ヶ所23番札所

道標(写真2)水上村岩野の龍泉寺の「奥の院」で、白水神社から約1キロ登った所。県道沿いに道標が建っていて、そこから50m登った所に巨岩の下中央に不動明王を祀り、両脇に各2体のお地蔵さんが祀られています。江代小学校にあった不動尊を、昭和6年頃に現在の場所に移されたと言われています。子供の疳の虫の神様と言われています。

※右写真(県道沿いにある道標)

石偶(多良木町黒肥地出土)

迫の原遺跡(大久保遺跡群)から、縄文時代早期の人形石製品が出土(九州では初めて)この石偶は、高さ1.9cm、幅1.5cm、厚さ0.7cm、重量3.2g、石材は滑石です。頂部を丸め三角の突起をもって、頭部と両腕が簡略的に表現されています。腰部で窄まり、これを境とする下半部は突起簡略的に表現し、下面には浅い抉りが施されています。石偶

県指定史跡「青蓮寺古塔碑群」

多良木町黒肥地の青蓮寺阿弥陀堂裏山に、五輪塔78基のほか石塔婆22基、板碑、無縫塔などがあります。
ここには、上相良初代相良頼景の墓をはじめ、106基が確認され、上相良代々及び青蓮寺歴代住職の他、分骨埋葬したものと思われる人吉相良氏の墓標もあります。

古塔碑群斜面

国登録有形文化財「明導寺本堂」

白い壁で洋風のこの建物は大正15年1月に竣工された、浄土真宗本願寺派お寺の本堂です。設計したのは当時の住職の長男さんで、関東大震災の教訓をいかした耐震設計となっています。当時は地域の憩いの場として、また柔道の合宿、映画や芝居などにも使用されていたそうです。

本堂

焼酎墓

焼酎墓

「相良700年が生んだ保守と進取の文化~日本でもっとも豊かな隠れ里ー人吉球磨~」の物語(ストーリー)を「日本遺産」として認定され、物語を構成する文化財が41あります。その中に人吉球磨の文化を象徴する焼酎墓があります。

今回紹介するのは、多良木町にある焼酎墓で、先代の希望で建てられたお墓です。徳利の形をした墓の後ろには、女性の絵が描かれています。

湯前町指定有形文化財「林家・小池家の三重石塔」

小池家  小池家

林家 林家

両塔とも阿蘇溶結凝灰岩製で、笠石と軸部を別材で造り、軸部には二重光背形の龕(がん)に両軸で印相を隠した如来形坐像が四面に刻まれています。鎌倉後期から室町初期のものと思われます。両塔とも別の所から移築されたもので、本来は五重石塔の可能性もあります。
※龕(がん) 仏像を修める厨子・仏壇、死人を収める棺、塔の下にある小さな部屋


Copyright © 熊本日日新聞多良木・湯前販売センター(有)小出忠新聞店 All Rights Reserved.